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江戸川乱歩『日記帳』

私役:髭切
「僕たちにピッタリの役だからと言われたけど、似合う?」

弟役:膝丸
「我々兄弟こそ相応しい作品と聞いたが、まさか兄者と対立するなど……!」

 

母親役:鶯丸
「これを観た大包平の感想が聞きたいな」

上演日2021/11/4
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10作品めにして、弊本丸の記念日に当たる今日、大好きな乱歩の掌編を動画化してみました。

この作品は「私」による1人称で進み、「弟」の秘密の恋を暴いてしまい、自分の婚約について苦悩しながら歩いていく……という終わり方をします。

 

愛すべき「弟」が実は恋敵だった。
「弟」の恋を砕いたのは他ならぬ「私」だった。
そういうオチの物語です。

 

この悲劇物語は、しかし、乱歩読者にとっては少々物足りなく感じます。
兄弟で恋敵という関係では『双生児』の方がドラマティックですし、

知らず知らずのうちに自分が悲劇を生んでいたというのなら『毒草』の方がゾッとします。

いずれも掌編です。
暗号と秘密通信のトリックも、少年探偵団シリーズレベルかなと私は思いました。

 

じゃあ『日記帳』は何が面白いの?

 

そう思われるでしょう。

 

『日記帳』の特徴、面白さ。
それは「実際の弟が登場しないところ」ではないでしょうか。
死人に口無しの言葉通り、本作に登場する「弟」は、「私」の記憶と想像によって作られたものです。
唯一彼が発したものは日記の文章しかありません。
その解釈も「私」の勝手なものです。
だからこそ、「弟」はミステリアスなヴェールに覆われ、彼の「失望の謎」が静かに輝いて、この作品の魅力として密やかに惹き付けるのです。

 

この度の動画化で、私は「弟」にスポットライトを当てました。
そして、『日記帳』の前日譚部分を作り、『日記帳』という作品は「弟」による言い逃れのできる復讐だったのだ!という解釈を軸にして、台本を書きました。

 

「これは「大いなる賭け」なのだ!」という台詞は、「弟」の暗号が賭けなのかな?と思わせておいて、本当は「私」に真実を暴かせることを指しています。
ああ、そういう意味だったのか!と最後に驚いてほしい。そういう思いで冒頭に挿れてあります。

 

画面構成は、暴走していく探偵癖・勝手な「弟」の想像を見せるために、役者を動かさないことで、思考だけがずんずん進んでいくさまを表現したいと思いました。
また、黒い額縁を置くことで、開幕から遺影を表現し、かつ「私」の想像で動く「弟」の残影も表わせていたらいいなあとも。

 

役者について。
実は、今回の動画化は、先に役者を決めて彼らに合う作品を選びました。
髭切と膝丸という刀は、源氏に代々伝わった刀で、二振一具(二振りで1セット)という関係です。
しかし、髭切が源頼朝に、膝丸が源義経に渡って離ればなれとなり、源氏の衰退へと繋がります。
二振は二振一具でありながら、実は離れていた期間の方が長く、現在でも、髭切は北野天満宮が、膝丸は大覚寺が保管しています。
(髭切・膝丸だとして伝わる刀は複数存在し、別に所蔵されているものがあります)
兄弟の確執、望まない別離、共に在れることの幸福。
そういう物語を背負う二振りが、私は大好きなのです。
なので、大好きな二振りに大好きな作家の作品を演じてもらおうと企んだわけでして、結果として、良かったんじゃないかと思っています。
ゲームシステム的に偵察が得意な髭切が探偵役、隠蔽が得意な膝丸が事件の真犯人。
上手く嵌まってくれた気がします。
母親役の鶯丸はキャラクターデザインのイラストレーターさんが同じなので、二振りと雰囲気が似ていることから選出しました。
彼はまた別の作品への出演も決まっています。

 

長々と書きましたが、この動画化は私にとっても「大いなる賭け」でした。
『日記帳』の趣きを損ねていやしないかと、台本を書きながら唸っていました。
淡々とした空気感を持つ作品なのでーーそれがまたラストの悲劇性を際立たせるので、演出を考えながらまた唸り。
公開した今も、ビクビクしています。
幻灯館本丸版『日記帳』を楽しんでいただけますように……
 

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