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​夏目漱石『夢十夜』より
「第七夜」

出演者コメント

 

自分役:松井江

「西洋化に抗う姿が、キリシタン弾圧に加わった前の主に重なってみえるとして選出されたよ」

 

異人役:へし切長谷部

「西洋的価値観の伝道師であるキャラクターが似ているそうだが、俺のどこが伝道師なのか」

 

 

船の男役:陸奥守吉行

「西洋化した日本人の象徴やき、龍馬の刀のわしが選ばれたぜよ!」

 

 

更紗の女役:古今伝授の太刀

「台詞こそないですが、自分役にとって大切な役目だったと感じています」

 

 

その他出演者

ピアノを弾く女役:一期一振……衣装が派手だという公式設定から。

歌う男:大包平……声が大きいという公式設定から。

乗り合い:髭切、博多藤四郎、物吉貞宗、南泉一文字……髪が金髪・薄い茶髪という観点から選ばれたものの、結局シルエットが採用されてしまったという裏話があります。ごめんね。

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ソフトウェアトーク朗読劇場祭の開催おめでとうございます。

だらだらと制作をしておりました私は一気に尻を蹴られた心地となり、一度諸々の作業を中断して、八月の頭頃からこの『夢十夜』「第七夜」の制作に取り掛かりました。

 

作品について触れていきましょう。

 

私は、『夢十夜』の一連の掌編は夏目漱石と日本的精神の対話だと解釈しています。

「第七夜」はそれがよく分かる一作だったかと思います。

対話相手の日本は、自分(主人公)が乗っている船ですね。

真っ黒な蒸気船。

『現代日本の開化』にて漱石は開化の影響を受けるものとして交通機関を挙げています。

発達した船の有様は、開化によって進んだ日本の姿を表しているのでしょう。

 

 

登場人物を見ていきます。

自分がまず出会ったのは船の男(水夫)でした。

彼は日本人ですが、西へ向かう船――つまり西洋化していく日本に疑問を持っていません。

盲目的な彼は「流せ流せ」と囃し立てて、船(日本)の行き先を考えず、主人公を心細くさせます。

 

次には乗合へと目線を遣ります。

彼らが西洋人なのか日本人なのかは断言できかねるのですが、演劇化に際し、「西洋人ぶっている日本人」として解釈しました。

ですので、シルエットに口許だけが浮かんでいる、仮面のようなイメージにしてみました。

喜んでいる者、不服そうにしている者……様々だったはずです。

それが「いろいろな顔」なのではないでしょうか?

 

 

そうして更紗の女と対面します。

更紗はインド発祥のおもに木綿を材料とした織物を多色で模様を染めたものであり、つまり、彼女はインドのシンボル化なのです。

当時のインドはイギリス領でした。

英語化が進められ、伝統文化が廃止されキリスト教化が始まっていた国です。

それを悲しむ女の姿に、開化を受け入れられない主人公はある種の慰めを得ました。

 

天文学を語る異人、サロンで演奏をする異人(私はこの二人は外国人だと判断しました)に主人公は心を動かされません。

先述の更紗の女には「悲しいのは自分ばかりではないのだ」と気づかされていたのに比べると、反応が薄いです。

 

さて、私がサロンで演奏する二人を外国人だと判断した理由ですが、二人に対して「けれども二人は二人以外の事にはまるで頓着していない様子であった。船に乗っている事さえ忘れているようであった。」とあるためです。

これは、日本など取るに足らないとしている列強の態度ではありませんか?いかがでしょうか。

 

 

ついに、主人公は船から飛び降りてしまいます。

ここのシーンの描写が長いので、テンポを考えて三行ほど削除してあります。

真っ黒な夜、船、海が印象的なこのシーン。

「第七夜」は色彩描写が特徴的でもあります。

前半では明るい蒼や蘇芳、紫の色とりどりな海の風景に赤い太陽が描かれていますが、それは曇り空、星空とだんだん暗くなっていき、ラストシーンでは真っ黒になってしまうのです。

この色の変化が主人公の心象風景なのは間違いありません。

 

 

では、どういう意味を持っているのでしょうか?

 

注目すべきなのは、晴天から曇り空、星空への変化です。

ここで失われているものがあります。太陽です。

「落ちて行く日」として「失われつつある日本的精神」の象徴だった太陽はついに現れなくなりました。

主人公が周囲から日本的精神を感じられなくなっていったことの隠喩なのでしょう。

太陽を失った空に輝くのは神が作ったという星々。

主人公は無言でいました。

 

 

ラストの「どこへ行くんだか判らない船でも、やっぱり乗っている方がよかったと始めて悟りながら、しかもその悟りを利用する事ができずに、無限の後悔と恐怖とを抱いて黒い波の方へ静かに落ちて行った。」という文章は意味深です。

どうなっていくのか分からなくても、日本という国を離れるべきではない。

これを「悟り」と呼んでいます。

イギリスに留学してみて、漱石が感じたことの一つがこの悟りだったのではないでしょうか?

​(この船旅が漱石がイギリスに向かうために乗った船のことをモデルにしているとする説があります)

外発的な開化をしていく日本を見て、漱石の胸に黒い感情が去来することがあった。

そのたびに、漱石は「悟り」でもって、行く末の分からない日本と運命を共にするんだと決意する。

それが夢の世界で行われる。

 

「第七夜」とは、漱石が開化していく日本と生きていこうと足掻く話なのかもしれません。

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